平成30年度岡山県芸術文化育成・支援事業「白石島 織る!」

 

 

  • 企画の背景

多様な文化の潮流を感じる瀬戸内海の笠岡諸島で、島に継承されている文化や風景を取り入れた展示、ワークショップや交流事業を行っている。本会設立時(1999年)より、笠岡市の障害者施設と表現ワークショップを行っているが、次第に高齢化していく施設の障害者の中には出身が諸島部という人もおり、船で島に渡り集団で造形活動をしている。その島で出会ったものは、顔の見える繋がり。障害や高齢による個人の能力に応じた、個々の仕事や役割がある社会。2008年には、白石島公民館長天野正氏に誘われて、島に伝わる和綿の復興を願う展覧会の企画を行い、島の旧庄屋邸で開催した。翌、2009年のアートリンク・プロジェクトの展示を、白石島・真鍋島で開催。島の空き家や浜辺など、島にあるものを利用して、障害者とアーティストたちが滞在して制作した。細やかな折り紙が得意な自閉症の男性は、ペアの陶芸家と素焼きの壺を作り、古代の藻塩焼きの技法にならって海水から塩の結晶を取り出そうと、時間をかけて製塩していた。が、そのうちに訪ねてくる島の高齢者と折り紙を始めてしまう。これが、島で人気を博し、島民が次々に折り紙を習いに来る。毎回常に同じ形のまさに「結晶状」の紙の形が生まれていき、会場に塩とともに飾られた。歌って語る「出前紙芝居」のペアは、島の子どもたちや高齢者の人気者となり、中でも、デイケア施設に慰問として訪ねたときには、口数の減った痴呆の高齢者が、島に伝わる唄を歌い始めた。表現を通じて記憶が呼び覚まされ、周りの支援者たちを驚かせた。

白石公民館長天野氏は、「アートは参加するものだ」と気づきを話してくれ、2010年は協働で「白石島文化祭」を開催し、島の子どもとバリ舞踊アーティストが、オリジナルの影絵の上演を行った。その後も、2011年にはタノタイガ、2014年は三友周太が滞在制作し、定期的に島の旧庄屋邸を開いてきた。

2015年の「備中アートブリッジ:笠岡諸島アートブリッジ」で初めて、白石島・北木島・六島の3島で同時期にアーティストインレジデンスを行い、島の個性を引き出すこと、島の人たちの存在と暮らしそのものを生かした作品制作を行うことができた。その滞在制作の先駆けとして活躍したのが、柳楽晃太郎氏である。その後もさらに継続発展させるべく白石島の路地に沿った空き家での展示を増やした。展示後の変化としては、空き家の持ち主が作品展示から発想を得て「水耕栽培の実験室」をつくり、野菜やイチゴを栽培し始めた。

岡山県最南端六島では、2014年から定期的に島のまちづくり協議会にアーティストとともに参加し、インターンシップの学生の受け入れや、島小屋や空き家の整備と、宿泊や研修への活用を始めている。雄大な景色と島の時間、島民の現在の動きをマクロとミクロの視点から六島の音や風景の作品としている。地域おこし協力隊の井関氏も加わり、耕作放棄地で麦を栽培し地ビールづくりも開始した。作品を継続的に展示できる場所の整備を島民が主体的にするなど、島の暮らしにも変化が見られ始めている。

アーティストたちの滞在は初夏から始まり、展示や公開制作、パフォーマンスの期間は、島の伝統文化や日常が体感できる夏の時期と、恒常的にかかわりが持てている。

NPO法人ハートアートリンクは、同時代を生きる人の表現を家族の歴史や、地域との関係、人生におけるQOLの視点から事業を行ってきている。人と人とが出会い、繋がり、感性を交換するというアートイニシアティブから、障害者や子ども、高齢者を含めたすべての人に新たな芸術文化のプレゼンテーションとすることをねらいとして。瀬戸内海国立公園に制定されて80周余年を迎えた島々で、アーティストと島民が共同で時間軸(縦糸)と分野軸(横糸)で織りながら、人と人との繋がり・関係性を可視化させている。今後も、家族や島の歴史を紡いできた人と、新たにやってくる人出会う人を島に流れる時間の振幅を持って近未来社会として描き、島から新たなアートブリッジを渡すことができればと継続実施を期待している。

 

  • 企画が目指すもの

白石島でつくった糸や島に伝わる機織り機を会場に運び込み、松浦邸を家ごと機織り機にする。これまでの柳楽晃太郎の2回の白石島での制作した作品とその後のドイツで制作した作品、帰国してからの活動と最新作としてインスタレーションを展示することで、作家の活動と地域に対する関心が可視化される。そこから今後の活動とその発展の可能性を示す。

柳楽晃太郎が島の暮らしや伝統行事と接すると、島の時空・個性豊かな島民が居ることが可視化されていく。日常の暮らしが、アーティストによって新たな魅力となるという「アーティストの存在」についての気づきが生じる。

 

白い花崗岩が点在する白石島には、源平合戦の死者の霊を慰めたことが始まりとされる白石踊(国指定重要無形民俗文化財)が受け継がれており、8月13日~15日は白石公民館庭で、16日は灯籠を流した後に海水浴場の浜で踊られる。江戸時代には沿岸航路の中継地として栄え、干拓地には綿栽培が盛んに行われ、各家には機織り機があった。

港の正面に位置する松浦邸は、泊まりやの屋号が残る小見山庄屋の嘉惣次邸として、島を訪れる賓客の宿舎としても利用された。

「伊能忠敬測量日記」によると、文化3年正月23日(1806年3月12日)北木島の測量を途中に、1番隊と3番隊が午後4時すぎに白石島に到着。2番隊は大飛島・小飛島の測量をすませ、夕方白石島に到着したと。庄屋の嘉惣次宅に宿をとり、たいそう立派な家だったと記されている。

  • 内容

柳楽晃太郎

1983年岡山県生まれ2010年東京芸術大学大学院美術研究科工芸専攻染織を修了、2015から文化庁新進芸術家海外研修制度で研修員としてドイツに在住。日本国内、台湾、ドイツで活動している。

 

個展

2018 柳楽晃太郎 -織る-/創英ギャラリー 東京 銀座

2017 柳楽晃太郎 -織る-/ Lower Akihabara 東京 神田

2016 Welt Weit Weben/  Scheune Lieber  ドイツ

2016 Stop Weaving cloth. Decide Weaving world/ Tante Yurgans Café ボーフム ドイツ

グループ展

​2018 芸術家の棲む家 文化庁新進芸術家海外研修制度 五十周年記念展覧会/ BANKART Studio NYK 横浜

2016 Crossing Border/ GLARIE VOSS デュッセルドルフ ドイツ

2013  大地を包む〜繊維からの再考: ギッコンバッタン〜世界一の布を織る /  越後妻有里山現代美術館キナーレ 新潟 十日町

アーティストインレジデンス

2017 しらいし物語 /岡山白石島

2015 備中アートブリッジ:笠岡諸島アートブリッジ / 岡山白石島

ワークショップ

​2017 音と光で織りなす布/ 衛武芸術文化中心 台湾 高雄

2016 音楽の記憶を織る/ 臺中國家歌劇院 台中 台湾

 

吉川寿人

映像作家、笠岡市北木島在住

1982年兵庫生まれ。瀬戸内海の北木島で開催された「北木ノースデザインプロジェクト」の第1回目の招聘アーティスト。滞在制作を機に東京から移住。島に残るかつての映画館を「ひかり劇場」として開いたり、古家を映像の家として活用したりするなど、島の文化や暮らしを島外に発信し島を元気にすべく、定期的に島の歴史や新たなドキュメンタリー映像作品を上映している

 

小谷野哲郎

バリ舞踊家、役者:1970年東京生まれ。現在岡山県勝山在住。
東海大学音楽大学院修了後、1995年よりインドネシア政府給費留学生としてバリに留学。バリの仮面やガムラン音楽、影絵を駆使しながらも、バリの枠にとらわれずに国内外で様々なジャンルのアーティストたちと公演活動やワークショップを展開。

 

杉本克敬

バリスタ・フードコーディネーター

1978年、岡山県生まれ。2007年「カフェは日常の文化施設」をコンセプトにEXCAFEをオープン。バリスタとして日々カウンターに立つ。アートの場では「食」を通じて訪れる人々との「対話」から暮らしや文化、記憶などを手繰り寄せている。

 

 

作家による作品解説

8月10日(金)14時~15時

柳楽晃太郎と吉川寿人が、自身の作品について語った。

柳楽は、白石島の木綿の糸を織機の横糸に使い、家の壁に映す映像と共に、来場者が織り込んで行ける作品について語った。

吉川は、北木島に移住し映像を公開しながら生活しているが、島ごとの風土の違いを感じているという。

 

アートカフェ

8月10日(金)~19日(日)13時-16時

白石島で収穫されたマルベリー(桑の実)の自家製シロップを加えたレモネードを提供(毎日40杯)

 

バリ舞踊と織る!

8月15日(水)14時‐15時

小谷野哲郎のバリ舞踊と柳楽晃太郎の織のコラボレーション

2010年に白石島で影絵舞台を滞在制作し、現在も島々を舞台に舞う小谷野と、柳楽の織の音が混ざり合った。

    

 

トークイベント

8月18日(土)14時‐15時 柳楽晃太郎、岸本和明(奈義町現代美術館館長)

島の息遣いを織るという作品やドイツ滞在中の作品の背景など話を深めていった。参加者には、島外の美術関係者、島の高校生、インターンシップの大学生らがあり、アートと地域振興についても話が膨らんでいった。継続的に文化で関わることにより、島の子どもたちの成長を感じることができた。

 

  • 来場者数:公開制作、展示、トークなど全ての合算  1,200人

 

  • 事業を振り返って

作家・柳楽晃太郎が島の暮らしや伝統行事と接した。白石踊への参加、寺の掃除、島の行事にと。港前の松浦邸の襖を開き制作を始めると、人が集まってくる。島民は、昔の写真や島の古い資料を持って、昔語りを始める。島に来た外国人は、文化や自然、アートについて話し始める。盆に帰省した島出身の人も、もちろん島の子どもたちも、恒例となった夏のアーティストの滞在を楽しみにしているようだ。柳楽の作品を見に、新たなアーティストも来る。島の時空に彩が加わる。個性豊かな島民が居ること、島のもつ文化の深さが可視化されていく。日常の暮らしが、アーティストによって新たな魅力となるという「アーティストの存在」についての気づきが生じてきた。

島民、高齢者、子どもなど、ある意味制約された表現をする人とアーティストとのコラボレーションは常に新しい概念を生みだす。これを地域コミュニティーに還元していくことで、それぞれの人がもつ可能性の発掘、オルタナティブな主体性形成が図られる。また、アートのもつ深遠な魅力が日常生活に反映されることにもなり、アートの価値を再認識できる。創造性には他者との関係性が絡んでおり、芸術文化でしか見えてこない繋がりが、アートで可視化されてくる。各地域で獲得した「まなざし」とアートを通し、多様性を寛容に包括する社会づくりこそアートプロジェクトの力だと思っている。

今年度から始まった「岡山県芸術文化育成・支援事業」に参加できたことを誇りに感じているとともに、関係者の皆様に心より感謝いたします。

 

<英訳>

平成30年度岡山県芸術文化育成・支援事業

Kotaro NAGIRA Exhibition “Weave, Shiraishijima !”

The exhibits

Weave Shiraishi Island !

This weaving exhibition utilizes looms and yarn produced on Shiraishi Island.

This activity lets visitors and islanders interact, connect and create via yarn. The artist does not intend to weave a beautiful traditional textile himself but rather visualizes it through the process of weaving and thus creating a warp that symbolizes island memories and a weft that represents the islanders of today. This concept of warp (vertical threads) and weft (horizontal threads) is weaved into each exhibition piece.

 

Images: Hisato YOSHIKAWA

Videographer

Born in 1982 in Hyogo Prefecture, Mr. Yoshikawa is a videographer living on Kitagi Island. He was invited as one of the first participating artists in the “Kitagi North Design Project” held on that Island in the Seto Inland Sea. His experience living and creating on Kitagi prompted him to move there permanently from Tokyo. He has since reopened an abandoned cinema on Kitagi island, renaming it the “Hikari Theater” (Light Theater). He also utilizes an old Japanese house as a “house of images.” He periodically creates and displays new documentaries and video works featuring Kitagi Island’s history.

PRIDE#3

“A Banquet of Workers,” is a project the artist produced by using designer neckties to form the weftof the woven piece.

 

Was ist Rot fur dich#1 Stop Weaving cloth and Start Weaving the World (2016)

Are you seeing the same thing as I?

This work was created in Germany while the artist was a trainee. At that time Europeans were concerned about terrorism and Brexit harming the harmony between races and countries. The artist asked local people to give him red clothes, which he used to make this artwork in order to show that even a single color– red–can be interpreted differently depending on the person.

 

”Weaving Drawing” (Kotaro Nagira Solo Exhibition Weave in 2018)

This small piece of weaving was produced from the artist’s turbid thoughts during his every-day life.

 

”Weaving the Memory” (A Tale of Shiraishi in 2017)

This is a work encompassing the 12 years of a young boy on Shiraishi Island. During the artist’s second visit he decided to focus on the young islander who inspired the work. Video tape represents the warp while the weft is made up of printed piecesthe boycreated in elementary school. The exhibit was made with the help of some of the boys on the island.

 

“Some Part of a Wall or Some Walls” (Kotaro NAGIRA Solo Exhibition Weave 2018)

This small piece of weaving represents walls, distance, difference, disparity, intolerance, misperception and obstacles that are felt in our daily life.

 

”An Island with expressive people” (Kasaoka Island Art Bridge 2015)

Bicchu Art Bridge:

This exhibit was created during the artist’s previous stay on the island for Kasaoka Island Art Bridge. During that month, he was inspired to create this piece after encountering the powerfully expressive islanders. He depicted Shiraishi Islanders by using the island’s  children to represent the warp and the weaving of old, used clothes as the weft.

 

Ultra

While staying on the island in 2015, the artist felt strongly the effects of the continuing low birth rate and thus he weaved this, in hopes they would overcome such challenges.

 

Kotaro NAGIRA

 1983: Born in Okayama  2010: M.A. Textile Arts, Department Crafts, Tokyo National University of the Arts, 2015 and onward:  Agency for Cultural Affairs’ Program for Upcoming Artist Overseas Trainee in Germany. He has been active in Japan, Taiwan and Germany

Solo Exhibition

2018 柳楽晃太郎 -織る-/創英ギャラリー 東京 銀座 Kotaro Nagira, -Weave- /Soei GalleryGinza  Tokyo

2017 柳楽晃太郎 -織る-/ Lower Akihabara 東京 神田 Kotaro Nagira, -Weave- / Lower Akihabara, Kanza  Tokyo

2016 Welt Weit Weben/  Scheune Lieber  ドイツ Welt Weit Weben/  Scheune Lieber  Germany

2016 Stop Weaving cloth. Decide Weaving world/ Tante Yurgans Café ボーフム ドイツBochum, Germany

Group Exhibition

2018 芸術家の棲む家 文化庁新進芸術家海外研修制度 五十周年記念展覧会/ BANKART Studio NYK 横浜

House of Artists Showcasing Participants from the Agency for Cultural Affairs Program of Overseas Study for Upcoming Artists  50thAnniversary Exhibition BANKART Studio NYK Yokohama

2016 Crossing Border/ GLARIE VOSS デュッセルドルフ ドイツ Crossing Border/ GLARIE VOSS Dusseldorf Germany

2013  大地を包む〜繊維からの再考: ギッコンバッタン〜世界一の布を織る /  越後妻有里山現代美術館キナーレ 新潟 十日町

[Reconsideration from : fiber which wraps the ground] Gikkon-Battan: The No.1 cloth of the world is woven /KINARE  Echigo-Tsumari Satoyama Museum of contemporary Art, Niigata

 

Artist in Residence

2017 しらいし物語 / 岡山白石島 A Tale of Shiraishi / Shiraishi Island, Okayama

2015 備中アートブリッジ:笠岡諸島アートブリッジ / 岡山白石島 BICCHU ART BRIGE / Siraishi Island Art Bridge/ Shiraishi Island Okayama

 

Workshop

​2017 音と光で織りなす布/ 衛武芸術文化中心 台湾 高雄

Weaving sounds and light into textiles/ Wei Wu Ying National Kaohsiung Center for the Arts, Kaohsiung, Taiwan

2016 音楽の記憶を織る/ 臺中國家歌劇院 台中 台湾 Weaving the memory of music/ Taichung Metropolitan Opera House, Taichung, Taiwan